東京地方裁判所 平成2年(ワ)7787号 判決 1992年1月28日
原告
株式会社サンコリックファイナンス
右代表者代表取締役
池口和親
右訴訟代理人弁護士
長濱毅
同
小林秀之
同
杉浦幸彦
被告
坪田潤二郎
同
坪田真智子
右訴訟代理人弁護士
坪田潤二郎
主文
一 被告坪田潤二郎は、原告に対し、金三〇七〇万七六七一円及び内金三〇〇〇万円に対する平成元年一一月一日から支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。
二 被告坪田真智子は、原告に対し、金一八四二万四六〇二円及び内金一八〇〇万円に対する平成元年一一月一日から支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、被告らの負担とする。
四 この判決は、原告において、第一項については金一〇〇〇万円、第二項については金六〇〇万円の各担保を供するときは、第一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
主文同旨の判決並びに仮執行宣言
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
(主位的請求の請求原因)
1(一) 原告は、訴外モジュラー・パワー・コーポレーション(本店所在地アメリカ合衆国九五一三一カリフォルニア州、サン・ジョゼ、リングウッド・コート一一五〇。以下「モジュラー社」という。)との間で、昭和六一年九月二五日、同社に対し、左記の約定で一億八〇〇〇万円を貸し付ける旨合意し、同年九月三〇日に一億円を、同年一〇月三一日に八〇〇〇万円をそれぞれ交付した(以下、右契約を「本件契約」、右契約による貸付金を「本件貸金」という。)。
記
(1) 返済期日 平成元年一〇月三一日
(2) 利息 年七パーセント(但し、四半期ごとに当該四半期分の利息を後払いするものとする。)
(3) 遅延損害金 年一〇パーセント
(二) 本件契約は、モジュラー社の代表者であるジョン・ウォーターマン(以下「ウォーターマン」という。)が、モジュラー社を代表して締結した。
2 被告坪田潤二郎(以下「被告潤二郎」という。)は、原告に対し、昭和六一年九月三〇日、本件貸金の内元金三〇〇〇万円並びにこれに対する利息及び損害金を限度として、モジュラー社の本件契約に基づく債務を保証した(以下「保証契約(一)」という。)。
3 被告坪田真智子(以下「被告真智子」という。)は、原告に対し、同日、本件貸金の内元金一八〇〇万円並びにこれに対する利息及び損害金を限度として、モジュラー社の本件契約に基づく債務を保証した(以下「保証契約(二)」という。)
よって、原告は、被告潤二郎に対し、保証契約(一)に基づき、三〇〇〇万円並びにこれに対する平成元年七月一日から平成元年一〇月三一日まで年七分の割合による約定利息七〇万七六七一円及び同年一一月一日から支払済みまで年一割の割合による約定遅延損害金の支払いを、被告真智子に対し、保証契約(二)に基づき、一八〇〇万円並びにこれに対する平成元年七月一日から平成元年一〇月三一日まで年七分の割合による約定利息四二万四六〇二円及び同年一一月一日から支払済みまで年一割の割合による約定遅延損害金の支払いを、それぞれ求める。
(予備的請求の請求原因)
仮に、本件契約が無効であるとしても、モジュラー社は、原告に対し、本件貸金に相当する一億八〇〇〇万円の不当利得返還義務を負うところ、原告は、モジュラー社に交付した金員を回収するについて、人的担保を設定する目的で、被告らと保証契約(一)、(二)を締結したものであり、また、被告らは、本件契約、保証契約(一)、(二)について、深く関与していたのであるから、本件契約が無効とされ、モジュラー社が原告に対し、不当利得返還義務を負う場合を予想して、右返還義務について保証したものと見るのが合理的であり、他方、モジュラー社の原告に対する金員の返還義務の法的性質に変更があったとしても、被告らは予想していなかった不利益を被ることはない。したがって、当事者の合理的意思解釈として、モジュラー社の返還義務の法的性質の如何を問わず、被告らは、原告に対し、保証契約(一)、(二)に基づき、主位的請求と同額の金員の支払義務を負う。
二 請求原因に対する認否
1 (被告ら)
(一) 主位的請求原因1(一)、(二)は、いずれも知らない。
(二) 予備的請求原因は、争う。
2 (被告潤二郎)
主位的請求原因2は、否認する。
3 (被告真智子)
同3は、否認する。
4 (被告らの反論)
本件契約についての各保証は、形式的なものにすぎず、金銭の支払義務を負う私法上の保証ではない。被告潤二郎名義の保証書には、その氏名のゴム印と三文判のみが押捺され、金融実務における慣例である実印の押捺と印鑑証明書の交付がされなかったこと、原告が、被告真智子に対し、保証の依頼もその意思の確認もしていないことは、その証左である。また、被告真智子は、保証書の内容を読まずに署名したのであり、保証契約の締結を承諾する旨の意思表示は存在しない。
三 抗弁(被告ら)
1 取締役会決議の欠缺(主位的請求の請求原因1に対し)
(一) 本件契約の締結について、モジュラー社が履践すべき手続に関する準拠法は、アメリカ合衆国カリフォルニア州の会社法(以下「カ州法」という。)である。
(二) カ州法においては、日本の商法のような代表取締役制度は存せず、CEO(chief exective officer)が最高執行責任者であるが、CEOも、取締役会その他の会社機関の決定に服し、会社の重要な行為をするには、取締役会の承認が必要である。ある行為が、重要な行為に該当するか否かは、取引金額、会社の規模等を勘案して決定される。
(三) 本件契約がされた昭和六一年度(一九八六年度)のモジュラー社の総資産は一二二万六〇〇〇ドル、負債は二七万五〇〇〇ドルであり、純資産は一〇〇万ドルを下回っていた。一方、本件貸金は、当時の為替レートで換算すると、一二〇万ドルを超え、モジュラー社の純資産を上回り、総資産に匹敵する規模であったから、本件契約の締結は、モジュラー社にとって重要な行為に該当する。
(四) しかるに、本件契約を承認する旨のモジュラー社の取締役会の決議がされていない。したがって、本件契約は無効であり、保証契約(一)、(二)も、いずれも無効である。
2 利害相反行為(主位的請求の請求原因1に対し)
(一) 本件契約締結について、モジュラー社が履践すべき手続に関する準拠法は、カ州法である。
(二) カ州法三一〇条においては、取引の相手方に対して、自己の会社の会社の取締役が、実質的な経済的利益を保有している場合、右取締役が参加して授権、承認又は追認された契約若しくは取引は、利害相反行為として、利害相反に関するすべての事実と右取締役の利益を完全に開示した上で、株主総会又は取締役会による授権、承認若しくは追認を得ることが必要とされ、これを欠く場合は、無効であるとされている。
(三) 原告の本件契約当時の代表者岩崎宏達(以下「岩崎」という。)は、本件契約当時、岩崎の一族と同人がオーナーである三岩グループとで、原告の発行済株式の九五パーセントを保有する大株主であったと同時に、モジュラー社の取締役であった。したがって、岩崎は、本件契約に関し、カ州法三一〇条にいう取引の相手方と実質的な経済利益を有する取締役に該当する。
(四) しかるに、右(三)の開示事項を開示した上での株主総会又は取締役会の決議による本件契約の授権、承認若しくは追認のいずれもされていない。したがって、本件契約は無効であり、保証契約(一)、(二)も、いずれも無効である。
3 暴利行為(主位的請求の請求原因1に対し)
(一) 本件契約の準拠法が日本法であるとしても、それは、私法の分野において、契約の様式・効力等が日本法で解釈されるにとどまり、公法に係る分野に属する事項については、当該国家の主権の正当な行使によるものであれば、その国の公法が適用され、当事者は、その合意によってその公法の適用を排除することはできない。そして、カ州の暴利行為を制限する法(カリフォルニア州憲法第一五条。以下「暴利行為禁止法」という。)は、公法(特に、行政規制法又は警察的規制法)の分野に属するものであるところ、モジュラー社は、カ州法を設立準拠法とし、カリフォルニア州内に本社を持ち、同州内で事業に従事していた法人であり、暴利行為禁止法による保護を享受し得る立場にあった。
(二) 暴利行為禁止法によれば、本件契約当時の許容最高金利は、年10.5パーセントであった。
(三) 岩崎は、昭和六一年五月ころ、モジュラー社の製品の日本における販売会社として、株式会社エイ・アイ・テイ(以下「AIT社」という。)を設立し、その代表取締役に就任した。AIT社の取締役四名と監査役は、三岩グループの人間であり、岩崎の知人である酒井英樹(以下「酒井」という。)、新井義雄(以下「新井」という。)らも取締役となった。岩崎、同人が社長である三岩商事、酒井及び新井のAIT社に対する出資を合計すると、岩崎側が過半数を占めていた。また、AIT社の資金管理等は、すべて三岩商事で行っていた。したがって、AIT社は、岩崎が支配しており、原告と密接な関係にあり、両者は一体のものとして扱われるべき状況にあった。
(四) モジュラー社とAIT社とは、昭和六一年五月ころ、モジュラー社の製品の日本における独占的販売権をAIT社が取得するとする独占販売契約を締結したが、右契約においては、AIT社が、モジュラー社に対し、独占販売権料として、昭和六二年度から三年度にわたり、毎年度二五万ドルを支払うこと、及びAIT社又はその役員が、日本、韓国などから投資家を斡旋した場合(転換権付きの社債による投資を含む。)には、その投資によって支払われた金員を、右独占販売料の支払いに充当することが定められた。
(五) その後、モジュラー社は、原告に対し、本件契約に伴い、ワラント(新株引受権付社債)を発行し、その結果、右(四)の約定により、右ワラントに基づく払込金が、右(四)の第二、三年度分の独占販売料の支払いに充当され、AIT社は、五〇万ドル相当の利益を得た。
(六) 右五〇万ドルは、本件貸金に対して年利一四パーセントに相当し、本件契約の利息七パーセントと合わせて年利二一パーセントとなる。また、モジュラー社は、五〇万ドルの独占販売権料を得ることができなくなり、実質的な手取額は約七〇万ドルとなるところ、暴利行為禁止法においては右五〇万ドルは、金利とみなされるから、実質的な手取額を元本とすれば、年八〇パーセントを超える利率となる。したがって、本件契約は、暴利行為禁止法に違反し、無効である。
(七) 暴利行為に該当する借入金債務の保証は、無効であり、保証契約(一)、(二)は、いずれも無効である。仮に、日本の利息制限法が適用されるとしても、原告と密接な関係にあるAIT社が八〇パーセントの金利相当の利得を得たことは、暴利行為に該当し、本件契約は公序に反するものとして無効であり、保証契約(一)、(二)も、いずれも無効である。
4 錯誤無効(主位的請求の請求原因2、3に対し)
(一) 被告潤二郎は、昭和六一年当時モジュラー社が開発中であった製品につき、実際には、予定した時点にその開発を完了して販売を開始し又は出荷する見込みはなかったにもかかわらず、保証契約(一)に先立ち、同年夏ころ、モジュラー社の社員から、右製品の開発を完了し、同年秋から商業生産に入り、製品の販売を開始する予定であると言われ、また、同年九月一二日ころ、モジュラー社の執行役員三名から、書簡で、同年九月末日までに製品が出荷される予定であると言われ、保証契約(一)に際し、その旨誤信していた。
被告真智子も、保証契約(二)に際し、被告潤二郎を介して、その旨誤信していた。
(二) 原告の当時の代表者岩崎は、被告潤二郎及び被告真智子が、右予定があるため、それぞれ保証契約(一)、(二)を締結することを知っていた。
5 詐欺による取消し(主位的請求の請求原因2、3に対し)
(一) モジュラー社は、被告潤二郎に対し、昭和六一年夏ころ、当時モジュラー社は当時開発途上であった製品の開発を完了し、同年秋から商業生産に入り、製品の販売を開始する予定がなかったにもかかわらず、右予定があるように告げて、また、同年九月一二日ころ、同年九月末日までに製品を出荷すると告げて、被告潤二郎を欺き、その旨誤信させた上、保証契約(一)を締結させた。
被告真智子も、被告潤二郎を介して、その旨誤信し、その結果、保証契約(二)を締結した。
(二) 原告の代表者岩崎は、(一)の事実を知っていた。
(三) 被告らは、原告に対し、平成二年一〇月三一日の第二回本件口頭弁論期日において、それぞれ保証契約(一)、(二)の各保証をする旨の意思表示を取消す旨の各意思表示をした。
6 催告の抗弁(訴訟外における行使)
被告らは、平成二年一月一七日、原告に対し、まず主債務者であるモジュラー社に対して本件契約の履行を催告するよう通告した。
7 検索の抗弁(訴訟外における行使)
(一) 被告らは、平成二年一月一七日ころ、原告に対し、まず主債務者であるモジュラー社の財産に対して検索をするよう通告した。
(二) モジュラー社は、平成元年三月末日ころの時点で、約四〇〇万ドルの資産があり、平成二年三月末日ころの時点で、三七〇万ドルを超える動産を中心とする流動資産を有し、合計四六五万ドルの総資産があったから、本件契約について弁済の資力を有していた。
(三) 原告は、カリフォルニア州において、本件契約をその証書によって証明し、主債務者であるモジュラー社に対するサマリー・ジャッジメントを簡単に取得することができた。また、原告は、平成二年一月四日を過ぎてまもないころ、モジュラー社の財産が仮差押えられたことを知っていたから、モジュラー社に対する配当参加その他適宜の手続を容易に採ることができた。そして、モジュラー社の資産の大部分は、動産類であった。したがって、モジュラー社に対する執行は容易であった。
しかるに、原告は、自らの怠慢によって主たる債務者であるモジュラー社からの金銭の回収ができなくなったのであるから、被告らに対し、保証人としての責任を問うことはできない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1について
(一) 抗弁1(一)は争う。(二)、(三)はいずれも知らない。仮に、カ州法が準拠法であるとしても、カ州法においては、会社の通常の業務の過程におけるもので、会社の目的にかなう事項は、CEO(統括業務執行役員)の権限に含まれ、会社は、右役員のした行為に拘束されるところ、本件契約の締結は、CEOの権限に含まれる事項であり、したがって、モジュラー社の取締役会決議による特別の授権は必要ではなく、モジュラー社のCEOであったウォーターマンによる本件契約の締結は有効にされたものである。
(二) 同1(四)は争う。後記五1のとおり、取締役会決議はされた。
2 抗弁2について
(一) 抗弁2(一)は争う。本件契約の準拠法は、日本法である。
(二) 同2(二)は知らない。
(三) 同2(三)のうち、岩崎が、本件契約当時、モジュラー社の取締役であると同時に、原告の代表者であり、三岩グループのオーナーであったことは認めるが、その余は、争う。
(四) 同2(四)は争う。
3 抗弁3について
(一) 抗弁3(一)は争う。本件契約の準拠法は、原告とモジュラー社間の指定により、日本法であり、カリフォルニア州の暴利行為禁止法は適用されない。契約は、当事者の指定による準拠法において適法であれば、カリフォルニア州において強制可能であり、その有効性が認められる。本件契約の利息は年七パーセントであり、準拠法である日本の利息制限法上、適法有効なものであるから、本件契約はカリフォルニア州においても有効である。したがって、これを保証した保証契約(一)、(二)も有効である。
(二) 同3(二)は知らない。
(三) 同3(三)のうち、岩崎が、昭和六一年五月ころ、モジュラー社の製品の日本における販売会社としてAIT社を設立し、その代表取締役に就任したこと、AIT社の役員に三岩グループの関係者や酒井、新井等が含まれていたこと、AIT社の事務を三岩商事で行っていたことは認め、その余は否認し、争う。
(四) 同3(四)は認める。
(五) 同3(五)は否認する。
(六) 同3(六)、(七)は争う。
4 抗弁4(錯誤無効)について
(一) 抗弁4(一)は知らない。
(二) 同4(二)は否認する。
5 抗弁5(詐欺による取消し)について
(一) 抗弁5(一)は知らない。
(二) 同5(二)は否認する。
6 抗弁6(催告の抗弁)について
争う。
7 抗弁7(検索の抗弁)について
いずれも争う。
五 再抗弁
1 取締役会決議の存在(抗弁1に対し)
本件契約に際し、本件契約締結を承認することについて、モジュラー社の取締役会決議がされた。
2 追認(抗弁1に対し)
モジュラー社は、本件契約に基づき、原告が交付した金員を受領し、保持し、これをモジュラー社の全取締役が認容した。したがって、本件契約は、モジュラー社によって追認された。
3 外観的責任(抗弁1に対し)
本件契約の締結は、会社の外部関係に関する事項であり、その準拠法は、取引行為の準拠法によるべきであるところ、原告とモジュラー社とは、本件契約の準拠法を日本法とする旨合意した。本件契約は、モジュラー社の社長兼CEO(統括業務執行役員)であったウォーターマンが、モジュラー社を代表して締結したのであり、原告もウォーターマンに本件契約の締結権限があると信じていたのであり、ウォーターマンが右権限を有していなかったとしても、モジュラー社の内部的意思決定を欠いたにすぎないから、原告に対しては、その無効を主張することはできない。
また、カ州法が適用されるとしても、同法三一三条(a)においては、社長が書面に署名して契約が締結された場合は、社長にその権限がなかったとしても、相手方がこれを知らない限り、契約は有効であると規定されているところ、本件においては、モジュラー社の社長であるウォーターマンが、本件契約の契約書に署名し、かつ、原告は、ウォーターマンに右権限があると信頼して本件契約を締結したのであるから、カ州法三一三条(a)により、モジュラー社は、原告に対し、ウォーターマンの契約締結権限の欠缺を主張することはできず、被告らも、同様に右主張をすることはできない。
4 本件契約が公正かつ合理的であること(抗弁2に対し)
(一) 前記1のとおり、モジュラー社の取締役会は、本件契約締結に際し、これを承認する決議をした。
(二) 本件契約の利息は、年七パーセントであり、当時のカ州における最高利率は、年10.5パーセントであった。したがって、本件契約締結当時、本件契約の内容は、公正かつ合理的なものであり、本件契約は、カ州法三一〇条(a)(3)により、有効である。
5 催告(抗弁6に対し)
原告は、モジュラー社に対し、平成元年一一月一六日過ぎころ、本件貸金を支払うよう催告した。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1(取締役会決議の存在)について
否認する。
2 再抗弁2(追認)について
否認する。追認も、要件を満たした取締役会決議による必要があるところ、原告主張の事実は、右要件を満たしていない。
3 再抗弁3(外観的責任)について
争う。カ州法三一三条(a)が適用されるためには、契約書面に、社長のほか、秘書若しくは秘書補佐又は財務役員若しくは会計補佐の署名があることが必要であるところ、本件契約の契約書には、社長であるウォーターマンの署名しかないから、原告の主張は失当である。
4 再抗弁4(本件契約が公正かつ合理的であること)について
(一) 再抗弁4(一)は否認する。
(二) 同4(二)は、争う。
5 再抗弁5(催告)について
知らない。
第三 証拠<省略>
理由
一本件契約について
1 請求原因1(本件契約の締結)について
<書証番号略>並びに岩崎証言によれば、昭和六一年九月二五日ころ、モジュラー社の社長兼統括業務執行役員(chief exective officer・略称CEO)であったウォーターマンは、モジュラー社の統括業務執行役員(CEO)との肩書を付した上、原告の代表者であった岩崎(岩崎が原告の代表者であったことは当事者間に争いがない。)とともに、本件契約の契約書(<書証番号略>)に各署名し、原告が、モジュラー社に対し、同年九月三〇日ころに一億円、同年一〇月三一日ころに八〇〇〇万円をそれぞれ送金し、両会社間における本件契約を締結したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 抗弁1及び再抗弁1(モジュラー社の取締役会決議)について
(一) 本件の争点の一つは、ウォーターマンの本件契約の締結権限の有無にあるところ、ウォーターマンが、本件契約の締結権限を有していたか否かは、法人の代表者の権限の存否及び範囲又はその制限に関する事項であり、代表者の行為の効果が法人に帰属するか否かという法人の行為能力又は権限の欠缺の問題であるから、原則として法人の従属法に服し、かつ、右従属法は、法人の設立準拠法であると解するのが相当である。
そして、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、モジュラー社は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サン・ジョゼを本拠地とし、カ州法を設立準拠法とする会社であることが認められる。したがって、モジュラー社の従属法は、カ州法であり、本件契約のごとくモジュラー社が第三者となす対外的行為についても、原則として、カ州法の規定によることになる。
(二) カ州法においては、会社の業務を決定し、執行する機関は、基本的には、取締役会であるが、社長(presi-dent)や会長(chairman of the board)などの役員が置かれ、これらの役員が統括業務執行役員(chief exective offi-cer・略称CEO)として、通常の対外的業務の決定及び執行権限を有する。しかし、一定の場合にはその行為に取締役会の授権を必要とするものとされている(三〇〇条(a)、三一二条(a))(<書証番号略>参照)。
(三) 取締役会決議の存否について
(1) まず、本件契約についてのモジュラー社の取締役会決議の存否(再抗弁1)について判断するに、カ州法においては、取締役会の構成員が個別又は共同で書面による一致の決議をした場合には、会議を開かないで、その旨の決議があったこととすることが認められている(三〇七条(b))(<書証番号略>参照)ところ、岩崎証言及び<書証番号略>、岩崎証言(一部)、被告潤二郎本人尋問の結果(一部)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
ア 本件契約が締結された昭和六一年九月ころ、モジュラー社の取締役は、アメリカ側が、ウォーターマン、デビッド・ホフマン、アンソニー・マトック、ジーン・アムダール(以下「アムダール」という。)、及びカールトン・アムダール(以下「カールトン」という。)、日本側が、岩崎、被告潤二郎及び酒井であった。
イ モジュラー社の取締役会は、本件契約の承認及び役員に対する授権について、昭和六一年九月ころ、同社の付属定款及びカ州法三〇七条(b)の規定に従い、書面による持ち回り決議による方法を採り、その後、岩崎は「取締役全員の同意に基づく決議書」(<書証番号略>の原本。以下、<書証番号略>を「決議書」という。)の送付を受け、これに署名した。
ウ 決議書には、「ここに以下の議決がなされた。」と記載され、その決議内容として、「当社の役員は、ここに当社が契約の条件に従い、サンコリックから一億八〇〇〇万円(「本件貸付」)を借り入れることが授権され、指示された。」、「以下に記載された各人(それぞれ「保証人」といい、総称して「保証人ら」という。)に対し、ワラント(それぞれを「ワラント」といい、総称して「ワランツ」という。)を一株当たり五ドルで購入することができるように発行される。当社の優先株式の新たなシリーズであってシリーズC優先株式を表象する株式の数は、氏名の右側の部分に記載された金額の本件貸付部分を保証することに合意したことの対価であって、その者の氏名の右側に記載されたとおりとする。」との記載がある上、保証人として被告潤二郎、岩崎ほか七名の名とその保証額及び引受権を有する新株数の記載がある。
エ 被告潤二郎は、本件契約に係る保証書(甲第二号証)に記名捺印している。
オ <書証番号略>は、決議書記載の日付けの後の日である昭和六一年一〇月付けの「モジュラー・パワー・コーポレーション取締役会全員一致の同意書」と題する書面の写しであり、右書面は、「Junjiro Tsubota」という手書きの署名があるが、本件契約債務を保証する者に対し、保証の対価としてモジュラー社が発行するワラントを付与する旨の取締役会決議に関して、その持ち回り決議をするための書面であって、同書面には、決議書記載の決議が有効に成立したことを前提とする内容である「取締役会は、株式会社サンコリック・ファイナンスからの借款の一部を保証することに合意する者に対する対価として、かかる者に対して当社のシリーズC優先株式の株式を購入するためのワラント(以下「ワラント」という。)を発行することをすでに授権している。かかる借款についてもすでに取締役会で承認されている。」との記載があり、さらに「一九八六年九月二五日に取締役会により採択された決議に記載される保証人に加えて、次の各人に対し、借款の一部をその氏名の横に記載された額において保証することに合意する者に対する対価として、その氏名の横に記載されるシリーズC優先株式の株式数を購入するためのワラントを発行することを決議する。」として、保証人として被告真智子及び浜島博臣(以下「浜島」という。)の名とその保証額とワラントの対象となる株式数の記載がある。そして、右書面及び署名されていないその写しは、モジュラー社から被告潤二郎に対して送付されたが、右送付は、被告潤二郎の要求に従ったものである。また、本件契約に際し、浜島は、モジュラー社からの本件契約の保証をすることを依頼した書簡<書証番号略>に基づき、本件貸金の内金三〇〇〇万円について保証をしたが、浜島は、その陳述書<書証番号略>において、被告潤二郎を介して右書簡及び持ち回り決議用書面又はその写しを受領したと供述している。
カ モジュラー社の取締役は、それぞれ本件契約の保証をしていたが、被告潤二郎及びアムダールを除き、日本の取締役はその保証金額の履行をし、アメリカ側の取締役らは、決議書<書証番号略>に署名のないカールトンを含め、和解契約書又は英米法上の判決の承認によって、本件契約締結及び各自の保証がされたことを認めた上、和解金の支払い又は債務の履行に応じた。
キ 本件契約の契約書<書証番号略>は、モジュラー社のアメリカの代理人弁護士によって、字句の訂正と期限前の返済条項の追加がされたほかは、被告潤二郎が起案したものであるが、右契約書第三条(b)において、モジュラー社は、原告に対し、モジュラー社が本件契約の締結、送達及び履行をするについて必要な一切の行為を既にしていることを表明し、これを保証するとの条項が定められている。
ク 本件契約後に作成されたモジュラー社の監査報告書<書証番号略>には、本件契約に関する記載がある。
以上の事実が認められる。
(2) (1)の事実を基に検討するに、アないしカの事実は、モジュラー社及びその取締役らは、本件契約が有効に存在することを前提として、右保証の対価の検討をし、また、カールトンを含めた保証人らは、その履行を行ったものであること、被告潤二郎も、右保証の対価としてのワラント発行が検討されていたことを知り、これに関与していたものであって、本件契約が有効に存在することを前提として行動していたものであることを明らかにするものである。また、キ、クの事実は、会社の内部的手続の履践の表明とその保証がある契約書に社長が署名して契約締結した以上、前提として右手続が履践されたこと、契約後の監査において本件契約の検討がされていることは、締結後においてモジュラー社内部で手続履践について問題が生じることなく会計処理がされ、監査の資料に掲載されるに至ったためであることをそれぞれ合理的に推認させる事情である。したがって、右各事実を総合考慮すれば、<書証番号略>に署名した取締役のほか、カールトン及び被告潤二郎においても、本件契約を締結するについて同意していたものと認めることができ、したがってまた、<書証番号略>と同一内容の持ち回り決議のための書面には、モジュラー社の取締役全員の署名がされたものと推認することができる。これに対し、被告潤二郎は、その本人尋問において、右書面の作成には関与していないと供述するが、前示の判断に照らし、採用することはできない。また、決議書(<書証番号略>)には、取締役である被告潤二郎及びカールトンの署名はないが、岩崎証言によれば、右決議書は、岩崎が署名をした際に、控えのために録った写しであり、持ち回り決議の途中の段階における書面であることが認められるから、右の署名の記載がないことをもって、前示認定を左右するものではない。
他に前示認定を覆するに足りる証拠はない。
(3) したがって、本件契約については、カ州法三〇七条(b)による取締役会決議がされたものというべきであり、原告の再抗弁1は理由があるから、その余の点について判断するまでもなく抗弁1は理由がない。
3 抗弁2及び再抗弁2(利益相反取引)について
(一) 岩崎が、原告の代表取締役であったこと、及びモジュラー社の取締役であったことは当事者間に争いがなく、<書証番号略>及び岩崎証言によれば、原告は、三岩グループと称する企業グループに属し、岩崎の一族と三岩グループとで、原告の株式の九五パーセント以上を保有していることが認められ、右事実によれば、岩崎が取締役の一人であったモジュラー社にとって、本件契約の相手方たる原告は、岩崎が重要な経済的利害関係を有する会社であったと認めるべきであり、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
そして、契約締結者の権限については、カ州法の適用があることは、前示1(一)のとおりであるところ、本件契約締結については、カ州法三一〇条(a)に規定するモジュラー社の取締役会の承認が必要であったと認められる(<書証番号略>参照)。
(二) 被告らは、右取締役会の承認決議(右承認決議があったことは、前示2のとおりである。)について開示事項の開示がない旨の主張をするが、右の違法が存したことを認めるに足りる証拠は存しない。
しかのみならず、カ州法三一〇条(a)(3)によれば、右開示事項の開示がない場合でも、「取引が公正かつ合理的であることが取引の有効性を主張する者によって証明されれば有効である」とされている(<書証番号略>参照)ところ、<書証番号略>によれば、本件契約の利率は、年七パーセントであり、原告が銀行からの借入利率年6.4パーセントに0.6パーセントを上乗せしたものであること、本件契約当時のカ州法における最高利率は、年10.5パーセントであったことが認められ、右は、日本の利息制限法、カ州における暴利行為禁止法のいずれにも違反せず(原告に対してワラントが発行されたとは認められないことは、後記4のとおりである。)、かつ、経験則に照らし、利息の決定のあり方も金融機関として通常のものであって、モジュラー社の取締役が利害関係を有しない会社を相手方とする取引きであったとしても、その内容及び条件において同様なものであると推認することができる。したがって、本件契約は、公正かつ合理的なものと認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
(三) したがって、本件契約について、利益相反取引に係る取締役会決議の違法による無効の主張は理由がない。
4 抗弁3(暴利行為の主張)について
被告らは、本件契約に際し、モジュラー社から原告に対し、ワラントが発行された結果、岩崎が支配するAIT社がモジュラー社に対して負担していたモジュラー社の日本における独占販売権料のうち五〇万ドルについて、支払免除を受けたが、右の五〇万ドル相当額は、本件契約の利息に当たるから、当時の最高利率年10.5パーセントを大幅に超える利息が付されたものとして、カ州法の暴利行為禁止法に違反し、本件契約は無効であり、したがって、保証契約(一)、(二)も、いずれも無効であると主張するので、判断する。
(一) <書証番号略>、被告潤二郎本人尋問の結果(一部)及び弁論の全趣旨によれば、原告に対するワラント発行の有無に関する原告の主張に沿う事実として、
(1) 被告潤二郎は、「ローンをモジュラー・パワー・コーポレーションの優先株式に転換するためのワラント」と題する書面の案文(<書証番号略>)を起案したが、右書面には、原告に対してワラントを発行すること及びその内容に関する条項が盛り込まれていること、
(2) モジュラー社とAIT社は、昭和六一年五月ころ、モジュラー社の製品の日本における独占的販売権をAIT社が取得するとする独占販売契約を締結し、独占販売権料の総額は七五万ドルと定められ(右契約の締結については当事者間に争いがない。)、さらに、昭和六二年七月ころ、モジュラー社が訴外湯浅電池株式会社にモジュラー社の製品を相手方ブランドにより供給する内容の契約に関して、モジュラー社がAIT社に対して五パーセントの手数料を支払うとの契約を締結したが、右は、AIT社がモジュラー社製品の独占販売権を既に取得していることを前提とするものであること、
(3) AIT社は、モジュラー社に対し、独占販売権料として二〇万ドルしか払っていないこと、
(4) 一九八八年(昭和六三年)九月一八日付けのモジュラー社に関する監査報告書(<書証番号略>)には、注記として、前記(2)の独占販売契約は、「AIT社(モジュラー社)を一定の日本投資家(certain Japanese investors)に紹介した時点で完了したものとみなされている。一九八七年三月三一日現在の繰延収益二〇万ドルは、一九八八年三月三一日に終了した年度の収益をして計上され、この契約に基づき支払われるべき金額は残っていない。」と記載され、右は、AIT社が独占販売権料の全額を支払うことなくして、右権利を取得したとも解釈される体裁となっていること、
がそれぞれ認められる。
(二) しかしながら、他方、
(1) 前示(一)(1)の案文(<書証番号略>)のモジュラー社の社長及び秘書役の署名欄には、その署名がないこと、
(2) 岩崎は、その陳述書(<書証番号略>)において、原告に対するワラント発行の話は、本件訴訟に至るまで聞いたことがなかったと供述していること、
(3) 前示(一)(4)の監査報告書には、モジュラー社において発行されたワラントの記載があり、本件契約の締結と同じころの昭和六一年(一九八六年)一〇月から一二月にかけて発行されたワラントの内容と発行先、及び留保分が記載されているが、そこには原告に対するワラントの発行については、全く言及されていないこと、
(4) 右監査報告書には、「ワラントはすべて、取締役会の決定に従い、発行日現在のワラントの公正な市場価格で発行されている。」と記載されていること、
以上のとおり認められ、右事実に、本件においてモジュラー社の取締役会において、原告に対するワラント発行の具体的な決定がされたことをうかがわせる事実は、本件証拠上認められないことを併せ考えると、前示(一)の事実が存するからといっても、モジュラー社から原告に対してワラントが発行されたとする被告らの主張を認めるには十分ではなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(三) そうすると、本件契約の利息は年七パーセントであるというほかなく、これは、前示2のとおり、通常の金融取引きにおけると同様のものであると認められるから、何ら暴利性は認められない。
したがって、その余を判断するまでもなく、被告らの抗弁3は理由がない。
二保証契約(一)、(二)について
1 本件保証契約(一)、(二)に係る各保証書作成の経緯について
前示一の事実、<書証番号略>、岩崎証言及び被告潤二郎本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 岩崎は、三岩グループの実質的オーナーであるところ、岩崎は、昭和六〇年二月ころ、知人であった被告潤二郎とともに、アメリカのコンピューターエンジニアであるアムダールに会った際、アムダールに対し、アメリカ合衆国における投資先の紹介方を依頼した。アムダールは、同年三月ころ、被告潤二郎を通じ、岩崎に対し、投資先として、コンピューター施設用の電源装置の開発を計画していたモジュラー社を紹介し、岩崎は、検討の結果、モジュラー社に出資することとし、共同出資者を募り、同年六月ころ、被告潤二郎とともに出資し、岩崎の知人の酒井、新井松本徹らも出資した。
岩崎、酒井、新井及び被告潤二郎は、モジュラー社の取締役となり、英語に堪能で国際関係業務を扱う弁護士である被告潤二郎は、モジュラー社に対する日本側出資者とモジュラー社との情報を媒介した。
(二) モジュラー社の製品開発は、予定よりも遅延し、資金が不足したため、昭和六一年夏ころ、モジュラー社から、被告潤二郎を通じて、日本側出資者に対し、追加の融資の依頼がされ、三岩グループの金融機関である原告が融資することとなった。
(三) 原告においては、モジュラー社の製品開発が遅れており、また、本件貸金は、原告にとって初めての海外企業に対する貸付けであり、いわゆるベンチャー企業であるモジュラー社に格別の資産もなかったことから、その取締役、株主に本件契約の保証を求めることを考え、被告潤二郎がアメリカ側の取締役と折衝した結果、アメリカ側の取締役は、各自その資産等に応じて本件契約債務の保証をすることになった。
(四) 本件契約の契約書(<書証番号略>)の内容は、モジュラー社のアメリカの代理人弁護士によって、字句の訂正と期限前の返済条項の追加がされたほかは、被告潤二郎が起案したものによったが、そこには、本件契約について原告のため保証を付するとの条項が盛り込まれている(第二条(a))。また、被告潤二郎は、保証書の案文を用意し、各取締役らは、これに従って各保証書を作成して、これに署名し、原告に差し入れた。
(五) 右の各取締役の保証については、その額を各人ごとの選択に委ねたため、本件貸金全額を担保するに足りず、日本側の取締役も保証書を差し入れることとされた。被告潤二郎は、本件貸金のうち三〇〇〇万円について保証するとする内容の英文の保証書(<書証番号略>)を作成した上、昭和六一年九月三〇日ころ、これに、自己の氏名の号ゴム印と印鑑を押捺した。
被告真智子は、モジュラー社の取締役ではなかったが、同じころ、被告潤二郎の意を受けて、本件貸金のうち一八〇〇万円について保証するとする内容の英文の保証書(<書証番号略>)にアルファベットで署名した。
2 以上によれば、被告潤二郎は、本件貸金のうち三〇〇〇万円について、被告真智子は、本件貸金のうち一八〇〇万円について、それぞれモジュラー社の本件契約上の債務を保証したものと認めることができる。
3 被告らは、本件契約についての各保証は、形式的なものにすぎず、金銭の支払義務を負う私法上の保証ではないとし、被告真智子については、保証契約の締結を承諾する旨の意思表示は存在しないと主張し、被告潤二郎は、その陳述書(<書証番号略>)及びその本人尋問において、被告らの主張に沿う供述をしている。
しかしながら、他方、
(一) <書証番号略>によれば、被告潤二郎は、アムダールから、保証書を指し入れることの意味についてモジュラー社の取締役に説明をするよう求められ、モジュラー社の取締役であったデビッド・ホフマン、アンソニー・マトックに送った書簡(<書証番号略>)において、「アムダール博士は、…貴殿に保証の性質を明確にさせるよう指示しました。それは、仮に、主債務者が債務者不履行をした場合に保証金額を保証人が支払う旨の約束である。」と述べていることが認められ、右は、モジュラー社の本件契約に基づく債務を主たる債務として、その支払いがない場合に保証人が支払う義務があるといういわゆる保証であることを自ら明確にしたものであること、
(二) 被告らは、いずれも弁護士であるから、たとえ英文で書かれた書面であったとしても、モジュラー社の債務を保証する旨の記載のある保証書(<書証番号略>)に記名捺印し、署名することの意味、法律効果を理解せず、又はそれらを顧慮することがなかったとは考えられないこと、
(三) 本件における保証書記載の金額は、被告潤二郎については三〇〇〇万円、被告真智子については一八〇〇万円であって、個人が負担する保証として不相当なものでなく、これを保証以外の目的で記載されたとする客観的事情はうかがえないこと、
(四) 保証契約において、実印の押捺や印鑑登録証明書の差入れ等による特定の方式が、法律上必要でないのはもちろんのこと、実務上必須のものであると認めるに足りる証拠はなく、保証書が英文で記載され、保証人の中にはアメリカ人の取締役もいたのであるから、保証書の作成に、実印の押捺や印鑑登録証明書の差入れ等を求めることが不可能か又は不要・不適であったと考えられること、
(五) 前示一のとおり、他の保証人らは、本件契約及び保証を前提として和解や判決の承認をしていること、
以上の事情に照らすと、前示被告潤二郎の陳述又は供述は採用することができず、また、他に前示1の認定を左右するに足りる証拠はない。
3 抗弁4(錯誤無効)について
抗弁4を認めるに足りる証拠はない。かえって、前示2のとおり、<書証番号略>、及び弁論の全趣旨によれば、
(一) 被告らが差し入れた保証書(<書証番号略>)の文面は、被告潤二郎が準備したものであるが、保証をするについての条件やモジュラー社の製品の出荷時期について言及していないこと、
(二) モジュラー社は、被告潤二郎に対し、モジュラー社の製品のロッキード社に対する製品の出荷時期が昭和六一年九月ころであると伝え、また、被告潤二郎は、本件契約及び保証契約(一)の後である昭和六二年一月一一日ころ、岩崎に対し、アムダールからの電話連絡として、モジュラー社の製品の出荷について、「ソフトのデバッグも順調に行われ、予定通り二月下旬に出荷できる見通しである。」との話を伝えたが、被告潤二郎は、その際に、出荷時期の延期等について何ら不満や当初の条件に反するとの意見を表明せず、むしろ昭和六二年二月の出荷が予定通りのものであるとしていたこと、
(三) アムダールは、岩崎に送った書簡において、モジュラー社の製品に関し、「不具合は性質上隠れており、出てこなければ修正することができません。すべての不具合が出てくるのを待ち、これを見るのにはある程度の時間が必要であります。不具合を修正するのにどれだけ時間がかかるかは誰も予想できません。新しいハイテク製品の場合はなおさらです。」と述べており、元来出荷時期等を確定させることが困難な分野の製品であったこと、が認められる。
そして、貸金について保証を付する目的は、不測の事態に備えることにあり、本件においても、前示のとおり、製品の出荷等が遅れていたことからすれば、貸金回収が困難となった場合に備えて保証を付したものと解される。とすれば、出荷時期の確定又は当初の予定が厳守されることが、本件契約若しくはこれについての保証をする上での条件又は動機となっていたとは認められない。
したがって、その余を判断するまでもなく、被告らの抗弁4は理由がない。
4 抗弁5(詐欺による取消し)について
前示のとおり、モジュラー社においては、製品の出荷が遅れ、その表明どおりには出荷されない状態があったことは認められるが、モジュラー社が、製品を予定通りに出荷できないことを知り、又は予想していたにもかかわらず、ことさら製品の出荷時期を偽ったと認めるに足りる証拠はない。
したがって、その余を判断するまでもなく、被告らの抗弁5は理由がない。
5 抗弁6(催告の抗弁)及び再抗弁5(催告)について
<書証番号略>によれば、被告らが、原告に対し、平成二年一月一七日ころ、「まず主たる債務者に対する取立ての手段を尽く」すべきであるとして、主たる債務者であるモジュラー社に対して本件契約の履行を催告するよう通告したことが認められる(抗弁6)が、<書証番号略>によれば、原告は、モジュラー社に対し、平成元年一一月一六日ころ、本件貸金の支払いを催告したことが認められる。
したがって、原告の再抗弁5は理由があるから、抗弁6は理由がない。
6 抗弁7(検索の抗弁)について
被告らは、平成二年一月一七日ころの催告と同時に検索の抗弁権を行使したと主張するが、検索の抗弁権は、主たる債務者が弁済の資力を有すること、及び主たる債務者に対する執行が容易であることが要件とされ、かつ、右二要件の存在を立証することによって行使することが必要であるところ、被告らは、右催告の際、右二要件の存在を立証したとの主張及び立証がないから、被告らの抗弁権行使の主張は失当である。
そして、仮に、被告らが本件訴訟において検索の抗弁権を行使する趣旨であると解するとしても、本件訴訟における右抗弁権行使の時点での弁済の資力があることの主張立証がないから、被告らの主張は理由がない。
三前示一、二によれば、被告潤二郎は、保証契約(一)に基づく義務を、被告真智子は、保証契約(二)に基づく義務をそれぞれ負担していることが明らかであって、したがって、原告に対し、被告潤二郎は、その保証額三〇〇〇万円、これに対する本件契約の後の日である平成元年七月一日から同年一〇月三一日までの約定利息の合計七〇万七六七一円、及び右三〇〇〇万円に対する弁済期の後である平成元年一一月一日から支払済みまで年一〇パーセントの割合による約定遅延損害金を、被告真智子は、その保証額一八〇〇万円、これに対する本件契約の後である平成元年七月一日から同年一〇月三一日までの約定利息の合計四二万四六〇二円、及び右一八〇〇万円に対する弁済期の後である平成元年一一月一日から支払済みまで年一〇パーセントの割合による約定遅延損害金を、それぞれ支払う義務がある。
四以上の次第であって、原告の被告らに対する各主位的請求は、いずれも理由があるから、これらを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官筧康生 裁判官深見敏正 裁判官内堀宏達)